東京地方裁判所 昭和44年(ワ)8267号 判決
第一、当事者
原告
河鍋千代
外七名
代理人
松田孝
被告
秋元運送株式会社
代理人
河野曄二
第二、主文
一、被告は原告河鍋孝博に対し金八万三〇二〇円、原告河鍋貞子に対し金二万七〇〇〇円、原告河鍋操に対し金二七万二三六一円及びこれらに対する昭和四四年八月一六日以降右各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二、右原告三名の、その余の請求及びその余の原告五名の請求全部を、いずれも棄却する。
三、訴訟費用は原告らと被告との各自の負担とする。
四、右第一項に限り仮に執行することができる。
第三、事実
一、請求の趣旨
(一) 被告は原告八名に対し次のとおりの元金及びこれに対する訴状送達の翌日以降右各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告 金額
河鍋千代 三〇万円
〃 孝博 一二二万五七〇〇円
〃 貞子 三二万〇六〇〇円
〃 邦博 一六万六〇〇〇円
峯岸二美枝 一六万六〇〇〇円
石原京子 一六万六〇〇〇円
伊佐美代子 一六万六〇〇〇円
河鍋操 一一四万四六三〇円
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
(三) 仮執行の宣言を求める。
二、請求の原因
(一) (事故の発生)
次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
1 発生時 昭和四三年八月二七日午後九時三〇分頃
2 発生地 埼玉県熊谷市新堀一七五先、国道一七号線上
3 訴外車 大型貨物自動車(新一い九九四一)
運転手 訴外渡辺五三郎
4 被告車 事業用小型貨物自動車(トヨエース、品川四い五九三〇)
運転手 訴外高橋勝也(被告方従業員)
被害者 訴外亡河鍋仙次郎、原告操、訴外河鍋和彦(いずれも同乗中。以下この三名を「被害者ら」という。)
5 態様 被告車がセンターラインを越えて滑走したため、対向して来た訴外車と衝突。
(二) (結果)
右衝突の衝撃により被害者ら三名を路上に転落させ、次の死傷の結果が発生した。
1 仙次郎(明治三一年生。農業)は即死
2 原告操(昭和十三年生。主婦。原告孝博の妻)は左膝関節部挫創、右下腿擦過・打撲傷を受け、直ちに埼玉慈恵病院に入院し手術(左膝二〇糎縫合)も受け、同年九月八日まで入院加療し、一応退院し、なお左膝内側に広範な皮膚の壊死があり膿性の分泌物が多量に排出されるため、同年九月九日から出月外科病院に入院し、植皮手術を行つたが、静脈炎併発により治癒が遅れ、同年一一月二五日に退院し、その後も通院治療を継続しているけれども、左下肢部に腫脹が残り、このために左膝が完全に曲らず、正座することができず、起立や長時間の歩行等に困難を来たす後遺症に悩まされている他に、左足二カ所に植皮手術の痕跡が大きく残つている。
3 和彦(昭和三九年生。原告孝博と操との間に生れた子)は頭部打撲挫創の傷害を受け、直ちに埼玉慈恵病院に入院治療(頭部五針縫合)を受け、同年九月八日退院、翌九日以降同月三〇日まで出月外科に通院し治癒した。
(二) (責任原因)
被告は運送事業を営む会社であり、被告車を業務用に使用し、高橋運転手をして、自己の営業のために運行の用に供していたものであるから、自賠法第三条により本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任がある。
<中略>
三、被告の答弁
被告は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求め、請求原因に対する答弁として次のとおり述べた。
(一) 請求原因第(一)項は認める。
(二) 同第(二)項中、原告操及び和彦の負傷の部位・程度(後遺症を含む)については不知、その余は認める。
(三) 同第(三)項中、損害賠償責任が被告にあるとの点を否認、その余は認める。
(四) 同第(四)項は不知。但し自賠責保険より支払われた金額が原告側の主張どおりであることは認める。
(五) 同第(五)項は争う。
四、被告の積極的主張
(一) 被害者らは自賠法第三条の「他人」に該当しない。
イ 高橋運転手は被害者ら方に下宿していたところ、仙次郎らから「仕事の都合で群馬県前橋市方面に赴くことがあるときは嫁(原告操)の実家が群馬県伊勢崎市にあるので、ついでに乗せて行つてもらいたい」旨要望され、これを断り切れず、これを承諾した。
本件事故当日、被告から運送事業として群馬県前橋市方面まで運搬するように指示された高橋運転手は被告に無断で仙次郎らにその旨の電話連絡をすませ、被告の指示どおり被告車に荷物を積載して、神田を出発し、東京都杉並区の被害者方に迂廻して立寄り、仙次郎、原告操、和彦の三名の被害者を被告車に同乗させて出発し、右三名を群馬県伊勢崎市の原告操の実家まで同乗させて、とどけた。「その帰京にも同乗させてもらいたい」旨要望されたので、高橋運転手は前橋市まで所定の積荷を運送した帰途、伊勢崎市の原告操の実家に立ち寄り、数時間を、そこで費し、午後七時三〇分頃に、被害者らを助手席に同乗せしめて帰京すべく出発し、その途中、本件事故が発生した。
ロ 従つて被害者ら(仙次郎と原告操)は被告と共に重畳的に被告車につき運行を支配し、かつ、利益を享受していたから保有的地位にあつた。
ハ 即ち運行の支配につき、被害者らを同乗させたがために経路自体の変更を来たし、不必要な寄り道をさせられた。更に時間的にみても所定のコースを通つていたならば午後五時三〇分頃には東京に帰れた筈であつた。少くとも帰路に関する限りは被害者らの要望に従い、被害者らの都合にあわせて原告操の実家で徒費し、伊勢崎市から帰路の国道一七号線に出て東京に向つて走行している。
ニ 私用に第三者を同乗させることは就業規則で厳禁している。被告としては運転手に経済的にも時間的にも能率のあがる運転をなさしめている。しかるに、被害者らは高橋運転手をして右被告の規律を破らせて、運転せしめている。被害者らの行為は運転手に対する監督権を妨げる、いわば不法行為に該当する。
ホ 以上の事情にある本件においては、単なる好意同乗ではなく、被害者らは重畳的な保有者的地位にあつて、自賠法第三条の「他人」たり得ないので、被告に対し損害賠償を請求できない立場にある。
(二) 好意同乗による予備的相殺の抗弁
被告車が長距離運送の事故発生率の高い車であり、かつ、道路状況も降雨のためスリップし易いことを承知のうえで、子供連れとはいえ定員一名オーバーしており、高橋運転手を必要以上に数時間も滞留せしめて、帰路を急ぐ気持に陥らせ、原告操が高橋運転手に話しかけて、その注意を散漫にせしめ、これが直接の原因になつて本件事故が発生している。
従つて被害者らは事故発生の危険性を承知し、かつ、寄与した好意同乗であるから、仮に賠償義務が被告にあつたとしても、その額は大幅に減額さるべきである。
(三) 信義則違反ないしは権利の濫用
即ち被告に何等の対価も払わず、運送能率を妨げ、ガソリン代等の経費を増大させるような対運転手間のみの好意同乗を被告に内密に敢てしておきながら、しかも本件事故が発生するや、今度は一転して被告に対し賠償責任を求めているのであるが、既に自賠責保険より仙次郎の死亡に伴う分として金三〇〇万円、原告操の分として金五〇万円が支払われている以上、形式的には賠償責任があるようにみえても、本訴請求は信義則に違反しているかあるいは権利の濫用として棄却さるべきである。
(四) 一部弁済の抗弁
高橋運転手は原告操の医療費等に充当すべく、同人の夫たる原告孝博に対し金七万一〇〇〇円弁済した。従つて原告操の損害額より控除さるべきである。
五、積極的主張に対する原告の答弁
(一) 被告は「本件事故が好意同乗であることを理由に、損害賠償責任がない。」かのように主張しているけれども、これを否認する。なるほど被告車に同乗した動機が高橋運転手の好意によるものであることは否定しないが、家主の立場から無理に頼み、下宿人である高橋運転手において、これを断り得なかつたという経緯ではなく、むしろ高橋運転手から「社用で前橋へ行く用件が出来たから乗せてあげる」ということで被害者らが同乗するに至つたものである。
自賠法第三条は自動車の運行供用者を強化し、被害者の保護を計ることを目的としたものであるから、同法において好意同乗者に対する運行供用者の責任を否定ないし制限する規定がない以上、好意同乗者に対し異別の取扱いをする根拠はない。仮に好意同乗について何らかの責任制限があるとしても、好意同乗が予定のコースを変更する等して、本来の運行に支障を来たしたものでなく、かつ、運行供用者としても同乗を許容するであろうことが考えられる本件においては、好意同乗を理由に運行供用者の責任を制限すべき根拠はない。
また被告の運行支配を一時的に排除するかのように主張するけれども、被告の予定した運行のコースを変更させたような事案ではない本件には失当である。
(二) 一部弁済の抗弁に対する答弁
被告は「高橋運転手が金七万一〇〇〇円弁済した。」旨抗弁するけれども、その内金五万円の限度で弁済を認め、その余は否認。
第四、理由
一、請求原因第(一)項(本件事故の発生)は当事者間に争いがない。
二、同第(二)項中、仙次郎が即死し、原告操と和彦とが負傷したことは当事者間に争いがない。その負傷の部位程度が原告主張のとおりであることは原告孝博、操の各本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第二号証の(一)(二)、第七二、七三、七四号証により認め得る。
三、同第(三)項(責任原因)につき、好意同乗の主張も併せて検討する。
(一) 被告は運送事業を営む会社であり、被告車を業務用に使用し、高橋運転手をして自己の営業のために運行の用に供していたものである。この点は当事者間に争いがない。
(二) 高橋運転手は被害者ら方に下宿していた関係上、被害者らから「仕事の都合で群馬県前橋市方面に行くことがあるときは、同県伊勢崎市在にある原告操の実家まで、ついでに同乗させて行つてもらいたい」という趣旨のことをいわれ、「その際は電話連絡により直ぐ仕度をする」旨、前々から高橋運転手と被害者らとの間で打合せが出来ていた。
本件事故当日、被告から群馬県前橋市方面まで荷物を運搬するように指示された高橋運転手は、被告に無断で被害者らに、その旨の電話連絡をすませ、被告指示どおりに被告車に積載して出発し、東京都杉並区の被害者方に遠まわりをして立ち寄り、被害者三名を同乗させて出発、群馬県伊勢崎市の原告操の実家まで送りとどけた。「その帰京するにも同乗させてもらいたい」と頼まれた高橋運転手は、これを快諾し、前橋市まで所定の積荷を運送しての帰り、再び伊勢崎市の原告操の実家に立ち寄り、数時間を、そこで費し、午後七時三〇分頃に被害者らを助手席に同乗せしめて帰京のため出発、し、途中、所定のコースである国道一七号線(仲仙道)に出て東京に向けて進行していたところ、当時降雨であり、滑り易い道路状況のため、車間距離を十分とり、急ブレーキを避ける等して安全運転に心掛けるべきであつたところ、左脇助手席に腰掛けていた原告操の方に顔を向けて話しかけて前方に対する注意を欠き、直前の自動車が急停車したので、高橋運転手もブレーキをかけたところ、右斜前方に滑走し、センターラインを越えて進行させ、折柄対進(即ち東京方面から前橋方面に向けて進行)して来た訴外車と衝突し、その衝撃で被害者らを路上に転落せしめ、仙次郎を即死、和彦と原告操とに傷害を負わせる本件事故を発生せしめた。以上の事実は<証拠>によつて認め得る。
(三) 右認定事実によれば、運転手の許した好意同乗者のために予定のコースが変更されたり、所要時間や燃料を多く費したからといつて前認定の程度では、対運転手間のみの好意同乗を禁止する就業規則が存在していたとしても、いまだ被害者ら(仙次郎、原告操)を重畳的な保有者的地位(或は運行供用者的地位)にあつたと評価できず、自賠法第三条の「他人」に該当するものと解するのを相当とする。
さりとて被害者らはいわゆる便乗型好意同乗ではあるにしても、被害者側と高橋運転手との間の無償同乗契約にすぎず、運行供用者たる被告には無断であり、運転コースの変更(寄り道)に伴う時間や燃料費の増大と被告方の運送能力を妨げていること等本件の事情を総合すれば、信義則上、被告に対する損害賠償は全損害の五〇%に限り請求できるものと解するのを相当とする。
(四) 従つて被告は「本訴請求は信義則違反ないしは権利の濫用として全面的に許されない」旨主張するけれども、これを採用しない。
四、同第(四)項損害につき検討する。
(一) 仙次郎死亡に伴う分
葬儀費等として金四四万二九六五円を原告孝博が支払い、また遺族七名の原告(即ち原告操を除く)は慰藉料として合計金四五〇万円を相当として主張している。この合計金四九四万二九六五円が本件事故による仙次郎死亡に伴う総損害として本訴で主張されているところ、前記のとおり五〇%の限度で被告に請求できるにすぎない以上、仙次郎死亡により自賠責保険金三〇〇万円が右原告らに支給されていることは当事者間に争いがないので、既にこれにより右原告らの損害は総額において填補ずみであることは算数上明らかであるから、その余の判断を加えるまでもなく、仙次郎死亡に伴う遺族七名の右原告らの請求は失当である。
(二) 交通費等 金一万四五〇〇円
自賠保険金請求手続料
金一万九五四〇円
原告孝博本人尋間の結果により請求原因第(四)項3、4の事実を認め得る。従つて原告孝博が本件事故により右各金員の支出を余儀なくされたことを認め得る。
(三) 休業損害
原告孝博 金三万二〇〇〇円
原告貞子 金五万四〇〇〇円
原告孝博の本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第七五号、第五七号によれば、請求原因第(四)項5の事実を認め得る。これによれば本件事故に伴い右各休業損害を蒙つたことというべきである。
(四) 治療費等(操分)
金六四万四七二二円
<証拠>、弁論の全趣旨により請求原因第(四)項6の事実を認め得る。なお出月外科への通院交通費についてはバス代等のため書証化されていないが、その主張する金九四〇〇円以上を要したことは原告孝博の尋問の結果で認め得る。更に「入院中の雑費と篠原病院の初診料」金二九〇〇円の内、初診料金八〇〇円については甲第六七号証で明らかであり、その余については書証はないけれども、出月外科に入院した日数六八日からみて雑費として金二、一〇〇円は昨今の実情から当然必要とされた額であると推認できる。
(五) 慰藉料(操分) 金一〇〇万円
原告操は本件事故により路上に投げ出されて前認定のような傷害を受けて入通院も長期にわたらざるを得なかつたし左足の植皮手術に伴う苦痛と大きな瘢痕を残し、正座も数分間しかできない等、以上の認定事実を総合すれば、その精神的苦痛に対する慰藉料は金一〇〇万円を相当と認める。
(六) 以上により原告孝博は合計金六万六〇四〇円(内訳は前記(二)と(三))、原告貞子は金五万四〇〇〇円、(前記(三))原告操は、金一六四万四七二二円(前記(四)、(五))の各損害額となる。その内、前説示の理由により被告に賠償請求できる額は五〇%であるから、原告孝博は金三万三〇二〇円、原告貞子は金二万七〇〇〇円、原告操は金八二万二三六一円となる。
そして原告操に対する損害の填補総額は金五五万円(内訳、自賠責保険より金五〇万円と高橋運転手より任意弁済金五万円)であることは当事者間に争いがない。
(なお被告は高橋運転手は右金五万円を含めて金七万一、〇〇〇円を一部弁済している旨抗弁しているけれども、右金五万円以外の弁済については、証人高橋勝也の証言は措信できず、その他十分な立証がない。)
従つて原告操につき右金五五万円を差引くと残額金二七万二三六一円が賠償請求できる額となる。
結局、原告孝博は金三万三〇二〇円、原告貞子は金二万七〇〇〇円、原告操は金二七万二三六一円を被告に賠償請求できることとなる。
(六) 弁護士費用 金五万円
原告らが本件訴訟の提起と追行とを原告訴訟代理人に依頼したことは被告が明らかに争わないところであり、その手数料等として既に金二〇万円を原告孝博が代表して支払つたことが弁論の全趣旨によつて認められる。しかし諸般の事情からみて本件事故と相当因果関係にある損害として被告に対し賠償できる範囲は金五万円と認めるのを相当とする。
五、結論
以上の理由により被告は原告孝博に対し金八万三〇二〇円、原告貞子に対し金二万七〇〇〇円、原告操に対し金二七万二三六一円及びこれらに対する訴状送達の翌日たる昭和四四年八月一六日(この点は裁判所に顕著である)以降右各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。本訴請求は、この限度で正当として認容し、その余の部分を失当として棄却し、民事訴訟法第九二条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。(竜前三郎)